最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)269号 判決 1958年5月20日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中田(略)同大橋光雄同藤林益三同島谷六郎同栗田吉雄の上告理由第一部冒頭第一点ないし第三点について。
原判決は、中西貞司は中西興産株式会社代表者社長中西貞司の記名押印をした原判示手形要件の記載ある金額九百七十万円の約束手形一通を振出して水越政次に交付したこと、右手形には振出当時すでに宮崎忠輝が株式会社静岡銀行(上告会社)二俣支店長の資格をもつて手形振出人のために保証をする旨の記載およびその記名押印ある補箋がつけてあつたこと、中西貞司は宮崎忠輝に対し中西興産株式会社が水越政次に差し入れる約一千万円の約束手形につき手形保証をすることを依頼してその承諾をえ、宮崎から原判示手形要件の記載ある手形用紙を受取り、手形金額、振出年月日、満期、受取人、振出人の各記載欄の白地部分を補充して手形を完成することの承諾をえていたこと、宮崎は上告会社を代理して手形保証をする代理権限を有しなかつたが、同人は本件手形保証の当時上告会社の二俣支店長であつたので商法四二条一項により裁判外の行為について支配人と同一の代理権を有するものともなされる関係にあり、本件手形保証のついている手形を中西から受取つた水越はその手形取得当時宮崎の無権限を知つていたものとは認められないこと等の事実を認定している。以上の事実によれば、水越政次は中西興産株式会社から本件白地約束手形の振出交付を受けたことが明らかであるから同人はこれによつて手形上の権利者となつたこと言うまでもない。論旨が水越は公金流用者であるから手形権利者たりえないというのは、手形関係が原因関係と分離し手形が抽象的無因証券であることを考慮しない所論であるから採るをえない。なお、手形法三二条二項は、手形行為独立の原則の一場合として手形債務が方式の瑕疵なく形式上成立していれば足り、それが実質上有効なことを必要としない趣旨を規定したものであるから、原判決が上告会社は手形保証人として主たる債務者に属する不法原因給付であるとの抗弁をもつて自己の債務の履行を拒否する抗弁とすることができないものとの見解のもとに上告会社の右主張事実の存否を判断するまでもなくその抗弁を排斥したことは、もとより正当であつて、この点に関しても原判決には所論の違法はない。論旨は、いずれも以上の説示と異なる独自の見解をもつて原判決を非難するものであるから理由がない。
同上告理由第二部について。
論旨は、本件手形の補充は満期日後、訴訟提起前になされており、その補充者たる水越は、補充の当時において保証署名人たる上告会社の二俣支店長宮崎忠輝に代理権限のなかつたことをすでに知つていたのであるから、悪意であると主張して手形補充の効力の遡及しないことを論じ、この点について原判決に判断遺脱の違法があると主張する。しかし、所論白地手形補充の効力が遡及しないとの主張は、水越の悪意であつたことの理由にほかならないのであるが、白地手形補充の効力が振出の時に遡つて生ずるか否かは手形上の権利行使に関する事項についての問題であつて、商法四二条二項の悪意の有無を判断することとはなんら関係がなく、本件について商法四二条二項の悪意の有無を判断するには手形取得の時を標準とすべきこと原判決の説示するとおりであるから、原判決が水越において本件手形取得当時善意であつたことを認定している以上、所論の点を特に判断しなかつたとしても原判決には判断遺脱の違法はない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)